総合不動産会社への道
昭和39年
 東京オリンピックが開催され、日本橋の上に高速道路がかけられた昭和39年、本社を中央区日本橋室町1−1の赤煉瓦ビル(旧社屋)に移転しました。日本橋のたもとに建つビルは、東京駅丸の内口と同じく名建築家辰野金吾氏が設計した評判の高い建物でした。

 この年から昭和41年にかけて、浦和・日本橋・名古屋に順次新築ビルが竣工して業容が着実に拡大するとともに、子会社の(株)大栄建築事務所、大栄興産(株)を発足させて、総合不動産会社としての基盤を強固なものにしました。
赤煉瓦ビル(旧本社屋)